一方、児童ポルノの摘発に力を入れるスウェーデン警察は、「性的虐待にさらされる恐れのある子どもたちを、空想のイラストと同レベルに扱うべきではない」と批判。既に警察は虐待の加害者の取り締まりで手一杯で、同裁判の焦点は児童ポルノ対策から外れているとして、「イラストまで捜査対象に加えれば、被害に遭っている子どもたちを助けるための時間が削られてしまう」との見解を示している。 — スウェーデンで「非実在青少年」裁判、マンガ翻訳家が児童ポルノ罪に問われる 国際ニュース : AFPBB News (via katoyuu)
(via cornpt)
曲のダウンロードし放題となると、かつて著作権侵害と認定された音楽ファイル共有サービスと同様の印象を持つ人もいるかもしれない。現実は全く異なる。日本音楽著作権協会(JASRAC)の小島芳夫業務本部副本部長は「(事業者が正当な)対価を払ったクラウド上の楽曲を、専用プレーヤーだけで聴くことができるサービス。そこに海賊盤など著作権侵害が発生する余地はない」と指摘。「(スポッティファイは)究極の音楽サービス。日本に進出する場合も、拒む理由はない」とまでいう。 — 1600万曲を聴き放題 巨大「音楽クラウド」サービス スポッティファイの実力(上)
クリエイティブコモンズ・ジャパン/コンテンツ学会/MIAU/thinkC 共同企画
慶應義塾大学SFC研究所プラットフォームデザインラボ 共催
『どうする?ニッポン二次創作文化と著作権とTPP』
日時:4月30日(祝) 15:00~17:00
場所:慶應義塾大学三田キャンパス東館6階G-sec
http://www1.gsec.keio.ac.jp/text/about_access.php
登壇者(敬称略):
赤松健(漫画家、株式会社Jコミ代表取締役)
生貝直人(クリエイティブコモンズ・ジャパン理事、慶應大SFC研究所助教)
希有馬/井上純弌(漫画家、ゲームデザイナー、同人誌サークル「希有馬屋」代表)
丹治吉順(朝日新聞記者)
津田大介(司会/ジャーナリスト、MIAU代表理事)
ほか打診中
入場無料・申込不要
ニコニコ動画「ネットの羅針盤」にて中継
http://ch.nicovideo.jp/lives/ch109
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古くは和歌の本歌取り・歌舞伎から同人誌・初音ミクまで、映画・演劇・文学・ゲームとジャンルを問わず、日本文化の華であった二次創作。近年、その多くは原作者の許可に基づいて作られて来ましたが、権利者がはっきりしない場合や正面から許可がとりにくい場合など、「グレー」領域での二次創作が大きな存在感を占めて来たことも、また事実です。著作権切れ(パブリック・ドメイン)の作品*も、創作の大きな源泉でした。
※たとえば2013年からは、遂に吉川英治(「宮本武蔵」「三国志」)・柳田国男・室生犀星がパブリックドメイン化
他方、深刻化する海賊版対策を背景に、国際的に著作権の強化をめぐる論争が激しさを増しています。日本でも、TPP(環太平洋経済連携協定)で米国が要求中とされる「保護期間の大幅延長」「非親告罪化」「法定賠償金」など、二次創作に影響を与えかねない法改正が取り沙汰されています。
こうした中、従来の「ゆるふわ」な「グレー」領域を適法化するための、「クリエイティブ・コモンズ」「当日版権システム」「日本版フェアユース」「著作物の登録制」など、さまざまな実践や提案も広がっています。
いよいよTPPの交渉が本格化する夏を迎えて、「ニッポン二次創作文化」と著作権の進むべき道は何か。
硬軟とりまぜた多彩な論客を集めて送る、昨秋話題を呼んだ「TPPと著作権」シリーズの第三弾!
正規配信はほぼ最速じゃないと違法配信対策としては無意味だってずっと言ってるけど7割も減るか。 — はてなブックマーク - アニメを日本での放送とほぼ同時配信することで違法ダウンロードが7割減少したクランチロールのビジネスモデル - GIGAZINE (via raitu)
(via cornpt)
たとえば、福島第一原発の事故が深刻な事態を迎えている頃、ある週刊誌が、事故処理にあたる自衛隊員の前線基地となっていた「Jヴィレッジ」(福島県楢葉町にある「サッカーナショナルトレーニングセンター」の愛称)について、次のような記事を書いた。
Jヴィレッジの経営者が部屋を汚されることを嫌って、命懸けで働く自衛隊員を通路で雑魚寝させていたというのだ。
この記事は私もよく記憶している。とても腹が立ったからだ。
が、この話には異論が出されている。
週刊誌の記事が出てから約1カ月後、あるサッカー専門誌にJヴィレッジの現状を伝えるレポートが掲載されたのだ。
読んでみると、Jヴィレッジが自衛隊を通路に雑魚寝させた件について、「どこを見てもそんな事実はない」と書いてある。
なるほど。
記事によれば、一部の自衛隊が床に寝ていた理由は、単にJヴィレッジの寝具が、震災翌日に避難してきた近隣の被災者に提供されていたからに過ぎない。つまり、二つの記事を見比べると、事実関係がまったく逆なのだ。
どちらの記事が真実であるのかについては、私自身が現地を取材したわけではないので、ここで断定することは避ける。
が、ともあれ、世間では、週刊誌の記事の方が圧倒的に受け入れられている。
というよりも、サッカー専門誌の記事は、部数も部数だし読者層も読者層なので、一般の読者にはほとんどまったく知られてさえいない。
だから、Jヴィレッジが自衛隊に対してひどい仕打ちをしたということを信じている人は、いまでもたくさんいるはずだ。私自身、偶然手にしたサッカー専門誌の中でこの記事を発見していなかったら、いまでもJヴィレッジを敵視していたかもしれない。
週刊誌の記事は、とても断定的に、他罰的に、扇情的に書かれている。いま読むといかにも乱暴な書き方だと思う。
が、こういう記事が喜ばれた時期がたしかにあったのだ。
メディア陰謀論を共有する人たち:日経ビジネスオンライン (via toronei)
センセーショナルなほうが受けるのは昔からだと思う。
(via sesuna)
(via sesuna)
通常の指揮系統が完全に破綻していたと証言していたことや、専門家の説明を聞いてもこれがチェルノブイリになるのかスリーマイル島になるのか誰もはっきり答えを出さなかったと語っていたことなどを紹介 — 東京避難も検討の事態、英米テレビでは「メルトダウンの内側」をドキュメンタリーに(gooニュース・JAPANなニュース) - goo ニュース (via sinjow)
(via sinjow)
先のケヴィン・ケリーのインタビューにも「テキストが登場したときも人は文句を言ったものだ。人びとの記憶力が悪くなると言って。そして次第に詩の朗読は廃れていった」という話が出てきますが、普通の人は、新しいメディアの形態が登場したときにどうしても古いメディアの価値観でそれを判断してしまう傾向があります。
同じようなことは印刷本が登場した時にもやはり起こっています。 活字による印刷がおこなわれるようになって、最初の2世紀は、新しい書物を読んだり書いたりしなければならないという必要よりは、古代および中世の書物を見たいという欲求のほうに、むしろ動機があった。1700年にいたるまで、印刷された書物の50%以上が古代あるいは中世の書物であった。
マーシャル・マクルーハン『メディア論―人間の拡張の諸相』 すでに書かれた手書きの本を印刷するという可能性以外に、最初から印刷本として出版するための新しい書籍を企画し著作するという可能性に気づいたのは、印刷術が使われるようになって200年も経ったあとのことだというのです。
それとおなじことがいま「電子書籍」という語で称される概念に対して起こっているように感じるのです。
— 「電子書籍」という概念を越えてテクストの新しい形を模索すること:DESIGN IT! w/LOVE (via minoguchi)
(via minoguchi)